フライングベイビーズ

Flying Babies
情報

シノプシス: 東日本大震災から何年かが経った。大きな被害を受けた福島県いわき市はそれなりに復興していた。被災した子供たちも、もう中学生になった。その中の一人のすずは、高校生の姉がフラダンスの大会で優勝したことに刺激を受けて、幼馴染のふみとともにフラダンス部(仮)を創設する。とはいうものの、教えてくれる人もいなかったため、何もできずに足湯でのんびりするだけの毎日であった。まずは指導者も欲しいし、部費も欲しい、演奏も必要、部員もあと3名必要と問題点を把握した。 とりあえず、ちょうどフィンランドから転校してきたモナを勧誘し、フラや日本のハワイと呼ばれるいわきのことを説明するためにとりあえずハワイアンズに行くのだが、そこで幼馴染のれいたちのフラダンスショーを見ることになる。すずはれいに気付くが、れいもまたすずに気が付く。ただ、すずたちが足湯ばかりでまじめに活動していないのを知ってか知らないでか「私たちもフラやってるんだよ」と語りかけるすずに対してれいは「一緒にしないでよね」とぶっきらぼうに言うのであった。この言葉でモナは闘志を湧き立たせてしまう。 次に予算を獲得しに生徒会に相談に行く。そこで部費は正式な部ではないとと断られたものの、正式な部になるために必要な部員2名を紹介すると言われる。一人はサッカーで故障してリハビリ中のなぎさ、そしてもう一名はその提案をしてきたしいな自身であった。 指導者の問題はすずが姉に相談すると千鶴先生を紹介された。千鶴先生はすずたちがフラ部でありながら足湯活動しかしていないことを把握しており、足湯サークルと揶揄していたこともあった。千鶴先生は過去の事件からフラダンスから遠ざかっていたのだが、すずたちに知られてしまったので開き直って指導を始める。 演奏者は千鶴先生が連れてきた。同じ中学でウクレレ漫才をやっていたみくともえである。 条件はそろった。千鶴先生の下でレッスンが始まる。足湯にも通えないほどの厳しいレッスンである。 温泉旅館でのフラショー、合宿、サッカーの応援など様々な活動を通してみんなはフラを頑張っていく。 フラはいわきを代表するものであるが、いわき市民だけのものではない。県外から来た子も、外国から来た子もフラを頑張り楽しむのだ。フラは復興を象徴するものであるが、被災者たちのためだけのものではない。被災者も被災していない子も、フラを頑張り楽しむのだ。別にフラひと筋ではなくてサッカーのように別の趣味があったって、フラが楽しければフラをやってもいいのだ。様々な立場の少女たちがフラガールになるという共通の目的に向かってフラに青春をかけるのである。

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